個人事業主が創業時に知っておくべき労働保険の基礎知識と活用法

2026.11.04

起業や独立を検討されている皆さん、そしてすでに事業の第一歩を踏み出された皆さん、こんにちは!
創業支援の実務に長く携わってきた私自身、皆さんの「会社を作りたいけれど、何から手をつければいいか分からない」という不安をよく理解しています。

事業を始める上で、資金繰りや集客、事業計画の策定など、考えるべきことは山積していますよね。その中でも、意外と見落とされがちなのが「労働保険」の存在です。

「個人事業主だから関係ないだろう」「従業員を雇うまでは考えなくてもいいのでは?」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、労働保険は事業を安定的に継続し、万が一の事態から自分自身や従業員を守る上で非常に重要な制度です。

このコラムでは、個人事業主の皆さんが創業時に知っておくべき労働保険の基礎知識、そしてどのような場合に加入義務が生じるのか、あるいは任意で活用できる制度があるのかを、分かりやすく解説していきます。コストと手間を最小限に抑えながら、安心して事業を進めるための情報を提供することに徹しますので、ぜひ最後までお読みください。

本記事でわかること

  • 労働保険がどのような制度か
  • 個人事業主が労働保険に加入する義務の有無と例外
  • 一人親方や特定事業主が活用できる任意加入制度
  • 法人化した場合の労働保険の取り扱い
  • 労働保険の手続きと費用、専門家へ相談する際のポイント

目次

1. 労働保険とは?個人事業主との関係

まず、労働保険がどのような制度なのか、その基本的な枠組みから確認していきましょう。

「労働保険」とは、「労働者災害補償保険(労災保険)」と「雇用保険」という二つの保険制度の総称です。これらは、労働者を雇用する事業主に対して加入が義務付けられている強制保険であり、労働者の生活と安全を守るための重要な社会保障制度となっています。

  • 労働者災害補償保険(労災保険)
    仕事中や通勤中に発生した事故や災害、病気などによる怪我や病気、障害、死亡に対して、必要な保険給付を行う制度です。医療費、休業補償、障害補償、遺族補償などが主な給付内容となります。
  • 雇用保険
    労働者が失業した場合や、育児休業、介護休業を取得した場合に、生活の安定と再就職を支援するための給付を行う制度です。失業給付(基本手当)が最もよく知られていますが、再就職手当や教育訓練給付なども含まれます。

これら二つの保険は、いずれも「労働者」を保護の対象としています。そのため、個人事業主ご自身が「労働者」に該当しない場合、その適用関係は複雑になることがあります。次の章で詳しく見ていきましょう。

2. 個人事業主は原則、労働保険の加入義務なし(例外あり)

創業時の個人事業主の皆さんにとって、まず押さえておきたいのは、原則として個人事業主ご自身は、労働保険の加入義務がないという点です。

なぜなら、労働保険は「労働者」を雇用している事業(適用事業)に対して、その「労働者」を保護するために義務付けられているからです。個人事業主ご自身は、事業主であり「労働者」ではないと解釈されるため、労災保険や雇用保険の対象とはなりません。

  • 労働者災害補償保険法 第3条(適用事業)
    「この法律においては、労働者を使用する事業を適用事業とする。」
  • 雇用保険法 第4条(適用事業)
    「この法律においては、労働者が雇用される事業を適用事業とする。」
  • 雇用保険法 第5条(労働者の定義)
    「この法律において「労働者」とは、労働基準法第9条に規定する労働者(船員職業安定法第6条第1項に規定する船員を除く。)をいう。」

これらの条文から分かる通り、労働保険の適用は「労働者を使用する(雇用する)事業」が前提となっています。

しかし、ここで重要な「ただし書き」があります。もし個人事業主が一人でも「労働者」を雇用した場合、その事業は労働保険の「適用事業」となり、原則として労働保険(労災保険・雇用保険の両方)の加入が義務となります。労働者の人数や勤務時間に関わらず、労働基準法上の労働者に該当する人を一人でも雇用すれば、この義務が発生します。

「労働者」の定義は法律で定められており、一般的には、事業主の指揮命令下で働き、その対価として賃金を受け取る人(パート、アルバイトを含む)を指します。雇用する際は、労働条件通知書などをしっかりと交付し、雇用形態を明確にすることが大切です。

2.1. 家族従業員の場合の注意点

「家族だから、従業員には当たらないだろう」と安易に考えてしまう方もいらっしゃるのですが、実はこの点に落とし穴があります。

個人事業主の皆さんが、配偶者やお子さんなど同居の親族を従業員として雇用する場合、原則として労働保険の対象となる「労働者」とはみなされないことが多いです。これは、事業主と生計を一にしているため、労働の対価である賃金が生活費の域を出ないと考えられることなどが理由です。

ただし、例外的に「労働者性が認められる場合」もあります。具体的には、以下の要素を総合的に判断することになります。

  • 労働時間、賃金、職務内容などが客観的に明確であるか
  • 他の従業員(親族以外)と同様の待遇を受けているか
  • 就業規則などの適用を受けているか

もし家族従業員に明確な労働者性があると認められれば、労働保険の加入義務が生じる可能性もあります。この判断は非常に専門的で、個別の状況によって異なりますので、安易な自己判断は避け、必ず専門家にご相談いただくことをお勧めします。

家族を従業員にする際の注意点については、こちらの過去記事もぜひ参考にしてみてください。
【創業時に家族を従業員にする際の注意点と手続き|スムーズな事業運営のための専門家解説】

3. 一人親方や特定事業主向け任意加入制度の活用

「自分は労働者を雇っていないから、労災保険や雇用保険は関係ない」と思われた方もいらっしゃるかもしれません。しかし、個人事業主ご自身も、仕事中の事故や病気のリスクは常に抱えています。もしもの時に備えたいという方のために、任意で加入できる制度が用意されています。

3.1. 労働者災害補償保険(労災保険)の特別加入

個人事業主ご自身は、原則として労災保険の対象外ですが、特定の業種や業務に就いている場合に限り、労災保険に「特別加入」することができます。

これは、一般の労働者と同様に、業務上の災害や通勤災害に対して労災保険の給付が受けられるようになる制度です。特に、一人で事業を営む方や、中小企業の事業主にとっては、万が一の事態に備える上で非常に有効な選択肢となります。

特別加入の対象となるのは、主に以下のグループです。

  1. 中小事業主等
    特定の業種で、一定数以下の労働者を常時使用する事業主とその事業に従事する家族従事者。
  2. 一人親方等
    建設業、林業、運送業(貨物取扱事業)などで、労働者を使用せずに事業を行う人。
  3. 特定作業従事者
    特定農作業従事者、介護作業従事者など。
  4. 海外派遣者

ご自身の事業が特別加入の対象となるかは、業種や事業規模によって異なりますので、厚生労働省のウェブサイトや、お近くの労働基準監督署、あるいは労働保険事務組合にご相談ください。

特別加入のメリットと費用

  • メリット
    業務中や通勤中の事故、病気に対して、医療費や休業補償などの給付が受けられます。これにより、予期せぬ事態による経済的な負担を大幅に軽減できます。
  • 費用
    特別加入の保険料は、ご自身の「給付基礎日額」(報酬にあたるもの)と事業の種類に応じた「保険料率」によって決まります。また、多くの場合、労働保険事務組合を通じて加入することになるため、別途事務手数料が発生することがあります。
    ご自身で全ての手続きを行うのは少し複雑に感じられるかもしれません。労働保険事務組合は、事業主に代わって労働保険に関する事務処理を行うことが認められている団体です。こうした団体に相談することで、スムーズに手続きを進めることができ、費用面についても具体的な見積もりを得られるでしょう。

参考:
特別加入制度のしおり(簡易版) – 厚生労働省

3.2. 雇用保険の任意適用事業所について

雇用保険については、原則として労働者を雇用する事業に強制適用となります。しかし、一部の農業、林業、漁業の事業で、常時5人未満の労働者を使用する個人事業の場合、雇用保険の適用が任意となることがあります(雇用保険法 第5条、施行規則 第3条)。

ただし、これは非常に限定的なケースであり、一般的に個人事業主が新規に労働者を雇用した場合は、たとえ一人であっても雇用保険の適用事業所となり、加入義務が生じます。労働者を雇用する際には、ハローワークで新規適用手続きを行う必要があります。

4. 法人化した場合の労働保険の取り扱い

個人事業主から法人(株式会社や合同会社)へ移行を検討されている方もいらっしゃるでしょう。法人化すると、労働保険の取り扱いが大きく変わるため、この点は特に注意が必要です。

個人事業主は「事業主」でしたが、法人の場合は、たとえ社長一人であっても、法律上は「法人」という組織が事業主となり、社長は「役員」という立場になります。そして、法人で労働者を一人でも雇用した場合、その法人は労働保険の強制適用事業所となり、労災保険と雇用保険の両方に加入する義務が生じます。

法人役員(社長など)の労働保険

  • 労災保険
    法人の役員は、原則として労働者ではないため、労災保険の対象外です。しかし、前述の「特別加入制度」を利用することで、中小事業主等として労災保険に加入することができます。特に、現場作業を行う社長や、事業活動中に怪我をするリスクがある役員の方は、特別加入を検討する価値があるでしょう。
  • 雇用保険
    法人の役員は、原則として雇用保険の被保険者にはなれません。なぜなら、雇用保険の対象は「労働者」であり、役員は指揮命令関係の下で労働する立場ではないと見なされるからです。ただし、役員としての業務のほかに、労働者としての実態(労働基準法上の労働者として明確な労働契約に基づき、賃金を受けているなど)がある場合は、例外的に被保険者となる可能性があります。この判断も非常に複雑なため、社会保険労務士などの専門家への相談が不可欠です。

個人事業主から法人化を検討する際には、設立費用や税金だけでなく、社会保険や労働保険の取り扱いも重要な比較検討要素となります。以下の過去記事も参考に、ご自身の事業計画に合った選択をしてください。

【創業時、個人事業と株式会社どちらを選ぶ?専門家が多角的に比較解説】

5. 労働保険の手続きと費用、専門家への相談

もし皆さんが個人事業主として労働者を雇用することになったり、法人化して労働保険の適用事業所となった場合、具体的にどのような手続きが必要で、どれくらいの費用がかかるのでしょうか。

労働保険の新規適用手続きの流れ

  1. 労災保険の新規適用手続き
    労働者を雇用してから10日以内に、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署へ「労働保険関係成立届」を提出します。同時に「概算保険料申告書」を提出し、概算保険料を納付します。
  2. 雇用保険の新規適用手続き
    労働者を雇用してから10日以内に、事業場の所在地を管轄するハローワークへ「雇用保険適用事業所設置届」と、雇用した従業員一人ひとりについて「雇用保険被保険者資格取得届」を提出します。

これらの手続きは、労働基準監督署とハローワークのそれぞれで行う必要があります。

費用について

  • 労働保険料
    労働保険料は、従業員に支払う賃金総額に、事業の種類に応じた保険料率を乗じて算出されます。労災保険料は全額事業主負担ですが、雇用保険料は事業主と従業員で負担を分け合います(ただし、事業主が徴収してまとめて納付します)。
    保険料率は毎年見直されますので、厚生労働省のウェブサイトで最新の情報を確認してください。
  • 専門家への依頼費用
    ご自身で手続きを行うことも可能ですが、初めての場合や従業員が多い場合は、社会保険労務士などの専門家に依頼することも検討してみてください。費用は依頼内容や事業規模によりますが、設立時の顧問契約で月額1万円~3万円程度、スポットでの新規適用手続き代行で数万円程度が一般的です。専門家に依頼することで、手続き漏れや誤りを防ぎ、本業に集中できるという大きなメリットがあります。

参考:
労働保険料の申告・納付 – 厚生労働省

見落としがちなポイント:労働者名簿と賃金台帳

労働者を雇用した際には、労働保険の手続きだけでなく、「労働者名簿」「賃金台帳」といった法定帳簿の作成・整備も義務付けられています(労働基準法 第107条、第108条)。これらを適切に管理しないと、後々トラブルの原因になったり、行政指導の対象となる可能性がありますので、創業初期からしっかりと準備しておくようにしましょう。

創業時の会計ソフト選びについては、こちらの記事も役立つかもしれません。
【創業時の会計ソフト選びと初期設定の注意点|コストを抑えてスムーズな経理の第一歩】

6. よくある質問(Q&A)

創業時の労働保険に関して、よくご質問いただく内容をまとめました。

Q1: 個人事業主としてフリーランスで働いていますが、労災保険には入れないのでしょうか?

A1: 個人事業主ご自身は原則として労災保険の対象外ですが、業種によっては「特別加入制度」を利用することで労災保険に加入することができます。特に、建設業の一人親方、個人タクシー業者、アニメーター、ITフリーランスなどで特定の団体を通じて加入できるケースがあります。詳細は、ご自身の事業内容が特別加入の対象となるか、労働基準監督署や労働保険事務組合にご確認ください。

Q2: 従業員を雇う予定ですが、社会保険(健康保険・厚生年金保険)と労働保険は何が違うのですか?

A2: 労働保険(労災保険・雇用保険)と社会保険(健康保険・厚生年金保険)は、どちらも会社の義務となる保険ですが、所管官庁や目的、適用条件が異なります。労働保険は主に労働基準監督署(労災)とハローワーク(雇用)が所管し、仕事上の災害や失業を補償します。一方、社会保険は主に年金事務所が所管し、病気や老齢、障害、死亡に対する保障を提供します。原則として、労働者を一人でも雇用すれば労働保険は適用されますが、社会保険の適用は法人の場合は必須、個人事業主の場合は従業員5人以上で強制適用となります。各保険制度の適用条件を確認し、適切な手続きを行うことが重要です。

Q3: 労働保険の手続きは自分でできますか?それとも専門家に頼んだ方が良いですか?

A3: 労働保険の新規適用手続きは、ご自身で行うことも可能です。労働基準監督署やハローワークの窓口で相談しながら進めることができますし、それぞれの官庁のウェブサイトでも必要な書類や手続き方法が公開されています。しかし、書類作成や提出期限の管理など、慣れない作業には時間と手間がかかります。本業に集中したい場合や、複雑な雇用形態を考えている場合は、社会保険労務士などの専門家に依頼することで、スムーズかつ正確に手続きを進められるでしょう。コストを抑えたい場合は自分で、時間や確実性を優先したい場合は専門家に依頼するなど、ご自身の状況に合わせて判断することをお勧めします。

Q4: 創業融資を受ける際、労働保険の加入状況は影響しますか?

A4: 直接的に創業融資の審査項目となることは少ないですが、事業計画に「従業員を雇用する」と明記されている場合、労働保険や社会保険への加入計画が適切に盛り込まれているかは、金融機関が事業の実現性や法令遵守意識を判断する上で評価されるポイントとなり得ます。特に、従業員の健康や安全に対する配慮は、安定した事業運営に繋がるため、きちんと準備していることを示すのはプラスに働く可能性があります。私自身、創業融資の面談で、社会保険や労働保険の質問をされたお客様もいらっしゃいました。計画性と責任感を示すためにも、適切な準備をしておくことが大切です。
創業融資に関しては、以下の記事もぜひ参考にしてください。
【創業融資における自己資金の目安は?効率的な集め方と注意点を専門家が解説】
【創業初期に失敗しやすい事業計画の落とし穴と改善ポイント【専門家が伴走】】

まとめ

今回は、個人事業主の皆さんが創業時に知っておくべき労働保険の基礎知識について解説しました。労働保険は「労働者」を守るための制度であるため、原則として個人事業主ご自身に加入義務はありませんが、一人でも労働者を雇用すれば、労災保険と雇用保険の両方に加入する義務が生じます。また、個人事業主ご自身も、特定の条件を満たせば労災保険の「特別加入」ができることをお伝えしました。

創業期の皆さんは、事業の立ち上げで多忙を極めることと思いますが、労働保険は万が一の事態から事業と従業員を守るためのセーフティネットです。適切な知識と準備は、安心して事業を継続していく上で不可欠となります。法令遵守はもちろんのこと、ご自身の事業の形態や将来の展望に合わせて、どの制度をどのように活用していくかを検討する良い機会になったのではないでしょうか。

株式会社リーガルシンクでは、創業融資や物件選定、許認可手続きなどについて、必要に応じて専門家と連携しながら総合的なサポートを提供しています。

無料相談も受け付けていますので、まずはお気軽にお問い合わせください。

本記事の内容は一般的な情報提供を目的とするものであり、個別の事案については必ず専門家にご相談ください。

この記事を書いた人

松原元

松原 元(まつばら つかさ)

『リーガルシンク社労士•行政書士事務所』にて『総務の助っ人』として中小企業の許認可取得や労務管理をサポート。(株)リーガルシンクでは店舗不動産等の仲介から創業融資などの資金調達支援や補助金・助成金活用まで幅広く経営全般のサポートを提供。

社会保険労務士 行政書士

公認不動産コンサルティングマスター 宅地建物取引士

2級ファイナンシャル・プランニング技能士

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